夜宴

 街は祭りの昂奮冷めやらぬといった様子で、深更だというのにいつまでも活気づいていた。ライヤー主催の夜宴は疾うにお開きとなっているものの、参加者の多くは夜宴の余韻に浸ったまま、二次会三次会へと散り散りになっていたからだ。普段は若い女性に人気のカフェもこの夜ばかりは小洒落たバーへと姿を変え、カントーの電気鼠を模したジャック・オ・ランタンの飾り付けとともに賑やかな客層を受け入れていた。
「楽しかったー!」
 笑い声の絶えないバーの横を素通りしながら、トウヤは人目も憚らず盛大に伸びをした。拍子に落ちてしまった耳の付いた黒い中折帽を、本日の相棒に連れてきたグラエナがしょうがないな、とばかりに咥えて差し出してくる。「ありがとう、グラエナ」と毛艶のいい背中を撫でてあげると相棒は赤銅色の目を細めながら機嫌よさそうに喉を鳴らし、ぱたりと尻尾を揺らした。
「どういたしまして、だそうだ」
 帽子を頭に戻したところで背後から言葉を仲介する声が聞こえた。「それくらい僕にも分かるよ」と笑いながらくるりと振り返る。
「もう大丈夫なの?」
「ああ。夜風に当たったおかげかな。だいぶ落ち着いてきたよ」
 数歩遅れながらも悠然とついてきていたNはバツが悪そうに眉尻を下げ、小さく苦笑した。
 夜宴の途中で合流したNは、白を基調としたダブルスーツ風の礼服に近い出で立ちでトウヤたちの前に現れた。腰回りの白い衣襞が、自分たちには馴染み深いイッシュ建国伝説の片翼である白い竜をイメージしていることは一目瞭然だった。「これくらいしか仮装用って言えるものがなくって」と、会場まで彼を引っ張ってきたトウコが嘆息する。彼女もまた、桃色のフリルが愛らしいドレスに身を包んでいた(シママにも衣裳……、という感想を抱いてしまったのは内緒だ)。
 イケメンは何を着せたって似合うに決まってる。そう言って揶揄ってやろうかとも思ったのだけれど、見ているとまるで本当に物語の中から飛び出してきた王子様のようで、そんなことを思ってしまった自分が途端に気恥ずかしくなった。「似合うかな」と目の前に立った彼に「似合ってる」と無難な言葉しか返すことができず、かわりに、若気にやけた表情でその様子を眺めていたトウコを八つ当たり気味に睨め付けた。
 そんな視線をものともせず、彼女を夢中にさせたのは夜宴の参加者たちに饗された豪勢な食事の数々だった。立食形式で自由に飲み食いできる。さまざまな文化圏の料理が並ぶ様はさながら食の博覧会のようで、見ているだけでも楽しめるものだった。――しかし、そこでトウヤが目を離した隙に、屋敷の給仕ボーイが誤ってNに酒を手渡した。
「アルコールを口にしたのは初めてだったけど想像以上だよ。頭の内側を金槌で何度も叩かれているような気分だ」
「一口目で気付いたらやめない? 普通」
「せっかく彼が持ってきてくれたのに残したら悪いと思って」
「Nって変なところで律儀だよね」
 律儀というか素直というか。いずれにせよ人を疑いたくないだけなのだろうけれど。
 再会して暫く経つが彼が催事に積極的に参加している姿を見るのはごく稀だ。大抵はどこか遠巻きにして、人々やポケモンたちの様子を観察している。今日もこうして誘い出さなければ、広場の長椅子ベンチに座って行列パレードを眺めて終わっていたに違いない。
「でも、楽しかったでしょ?」
「勿論。トウヤが意外と怖がりなんだということも知れたし」
「そ、それはっ」
 くすり、と含むような笑みに唇を尖らせながら、「子どもっぽいって言いたいんだろ」と言って踵を返す。
「ボクの知らないキミの一面をまた一つ知ることができた、というだけの話だよ。それに楽しかったのも事実さ。いただいた食事も美味しかったし、何戦かバトルもできた。偶にはこういうのも悪くないね」
 隣に並び、上機嫌に今日を振り返るNを、トウヤはちらりと横目に見遣った。
 出会ったばかりの頃の彼は、常に他人を寄せ付けない冷たい空気を纏っていた。コミュニケーションの一切を放棄した言葉遣いと話す速度。一本筋の通った頑固で強すぎる信念。それらは時として非道い重圧となってトウヤに圧し掛かってきた。少なくともこんな風に誰かと時間を共有できるような人間ではなかった。
 今ではそんな重圧も凍えたヴェールも全て霧散して消えてしまったけれど、一歩引いたところから人を見ていることの多い彼を見ていると、他者との間に線を引こうとしていようにも思えてしまう。それはおそらく、過去の経験からくる無意識なもの。しかし、同時に少しずつ変わってきているものでもある。純粋に夜宴を楽しめたというその言葉にも嘘はないのだろう。アルコールだけではない、宴による昂揚で頬を赤らめた彼の姿に、「よかった」とトウヤは心から喜んだ。
「ね、またこういう機会があったら一緒に来ようよ」
 手を取ったのは殆ど無意識だった。浮かれていたのだ。眠らない街の賑やかな喧噪にあてられて、手なんか繋いでみたりして。手套越しにも分かるぬくもりに「意外と温かいんだな」などと思っていると、双眸を丸めたNはふっと気配を綻ばせ、手のひらを滑らせ指を絡めてきた。ハッとして、思わず視線を落とす。これではまるで。
「ボクからもお願いするよ。トウヤと一緒ならどんな些細なことでも楽しく思える気がするから」
 次に目を丸くするのはトウヤの番だった。
 まるで恋人のように固く結ばれた手を持ち上げたNが、トウヤの手の甲に唇を押し当てたのだ。布越しだからよかった。そうでなければ悲鳴を上げていたかもしれない。引き抜こうとしたが意外にも強い力がそれを許さず、引き摺られるように再び宿に向かって歩き出す。グラエナが心配そうにか細く唸りながら横にぴたりとくっついた。が、そちらに意識を向けられるだけの余裕などあるわけもなく。
「…………もしかして、まだアルコール残ってる?」
「さぁ、どうかな」
 正面を向いたまま笑みを深めるNの真意を推し量ることはできない。ただ、彼が自分について知らないことがあるように、自分にも彼の知らない一面はたくさんある。彼の凄惨な過去を知っているからといくら御託を並べたってそれが彼の本質の全てではないし、所詮は知った気になっているだけ。
(でも、だからこそもっと知りたいと思うんだ)
 ――お互いに。それだけは分かる。
 火照る肌を撫でる秋風が冷たくて心地いい。トウヤは赤くなった頬を隠すように俯きながら、それでも祭りでの昂揚を言い訳に、繋いだ手にそっと力を込めた。




あとがき

ハッピーハロウィン!
twitterでつながりのあった絵師様のハロウィンN妄想が好きすぎて素敵すぎて気付いたら書いてた1本。笑って許していただけて「女神様かな?」と思いました。ここを見てくださってるかどうか分からないけどあのときは本当にありがとうございました、今でも大好きです(照)

初出:2021年10月31日


「よかった!」と思ったらポチッとしていただけるととても励みになります!
close
横書き 縦書き