短く借り揃えられた植え込みに青白い光が指していた。風の冷たい月夜である。屋敷へと続く石畳のアプローチの両脇には等間隔にコニファーが屹立し、さながら魔女のとんがりぼうしのように黒い影をひっそり落としている。
大きく構えられた門扉。長方形のムースケェキみたいな建物。薔薇の穹窿――昔から、日本人の中には西洋かぶれが好きな人種というのがいる。まるで欧州の宮殿をそのまま持ってきたかのような屋敷を建て、その周りに噴水や四阿のある庭を配置して、格式の高いドレスコードでその品位の高さを較べ合うのだ。言葉の端々には見栄と欺瞞と虚飾がありありと滲み出てしまう。それをまったく莫迦らしいと思うのは、そうした世界とは無縁の生き方を知ってしまっているからだろうか。
行儀よく並んで月光浴をしていた庭木の隙間から、この景観にまるで似つかわしくない銃声が立て続けに響き渡った。甘い花の芳香が満ちていた庭に、硝煙のきな臭さが立ち込める。
「――四時の方角に五人、九時の方角に三人だ」
無線機からノイズ混じりの声がした。中也は銃弾を真正面から受け止めながら周波数を合わせ、「人数が報告と違うぞ」と、集音機に向かって低く唸った。
「残りの四人は屋敷の中」
――と云ってももう生きてはいないけれど。
かちゃり、と陶器の擦れる音が微かに聞こえ、中也は忌々しげに舌を打った。視界の端から男が躍り出てくる。
「死ねェッ!」
自動小銃を構えた迷彩服の男は、そんなごくありふれた安っぽい言葉とともに至近距離から中也を狙う。遠くからでは重力が盾となる隙を与えてしまうからと踏んだのだろう。埒が明かぬ、とばかりに捨て身の戦法に切り替えた男を、中也は気の毒に思う。
「運が悪かったな、あんた。――俺は今、猛烈に機嫌が悪い」
低く、地を這うような声が男の耳を嬲る。近くから発射された弾丸は今や赤黒い光を帯び、これまでと同様、中也の盾となり、男に反旗を翻す武器となっていた。喉奥が恐怖で引き攣り、絶望を嚥下する。そんな男を、中也は容赦なく蹴り飛ばした。すかさず別方向から飛んできた弾丸を回避するためふわりと浮き上がれば、痛みに顔を押さえてうずくまっていた男はなす術もなく血を吐き、倒れ伏す。その痕はまるで、庭に咲く真っ赤な薔薇のように艶やかだ。
「糖分が足りないんだ、君は。だからすぐにかっかしてしまう」
「手前がとっとと死んでくれれば俺がキレることもなくなるんだが?」
事前情報を渡されていなかった雇われ兵士を屠ることなど、中也には造作もないことであった。それこそ、厭味な相棒の作戦などなくとも一人で殲滅できる。
一頻り暴れ回った中也は、上空から事切れた傭兵たちを一瞥した。先程まで続いていた激しい銃撃戦の音は止み、庭はひっそりとした静けさを取り戻している。――八人。残党がいないことを確認し、一度コニファーに着地してから再び跳躍し、そのまま屋敷のバルコニィの手摺に降り立った。背後に浮かぶ望月を、太宰が眩しそうに目を細めながら見上げている。
「月からの使者がこんな野蛮な男じゃあ流石に興も醒めるね」
直前まで覗いていたのであろうオペラグラスが置かれた卓子には、ヘレンドグリーンの名で知られるオリエンタルな草花を描いた陶器のティーカップセットが一組設えられている。カップを優雅な所作で摘み上げた太宰は、西洋趣味の屋敷と相俟って無駄に様になっていて、中也は思わず「けッ」と、行儀悪く唾を吐いた。
「流石、幹部殿は身分が違ェな。任務中に茶ァしばく余裕があるなんてよ」
「部下の仕事が遅いからね。暇つぶしがこれくらいしかないのだよ」
手摺から飛び降りて男に近づいてみれば、その背後に広がる暗い室内が嫌でも目についた。血の池に沈む武装した男たちの冷たい躯。その中心には、彼らが守ろうとした屋敷の主が苦悶の表情で横臥している。元はマフィアの取引相手であった男だ。そして、敵組織にポートマフィアの内情を密告した裏切り者でもある。
「内通していた組織の方は別働隊が殲滅してくれた。これで今夜の招宴もお開きだ」
視線に気づいた太宰はそう報告し、うっそり微笑んだ。カップをお揃いの受け皿に戻す仕草は如何にも洗練された紳士然としたものであったが、中也からすれば胡散臭さの方が際立って見える。腹いせに襟飾を掴んでぐっと引き寄せ、紅茶に濡れた薄い唇に噛み付いた。
「色気がないなぁ」などと、男は笑った。
「煩ェ、手前の掌で踊ってやった礼だ」
痩躯を椅子に向けて突き飛ばし、親指で口元を拭う。そしてカップに残った飲みかけの紅茶で適当に喉を潤す。器が良いと茶が旨くなると聞いたことがあるが、淹れ手が下手であればそういうわけにもいかないらしい。当たり前だが、冷めているということもあってそれはただ苦いだけの代物になっていた。
「……まったく」
中也の一挙手一投足を眺めていた太宰は肩を竦めると、口元を奇妙に歪めて云った。「本当に、興醒めだよ」
何かを耐えるようなその声は、しかし、目の前のデザートプレートに意識を奪われていた中也にはもう、届いてはいなかった。
(了)