trompe l'oeil

Log

2023年9月の投稿6件]

2023年9月18日 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

2012年くらいに書いたやつだと現パロでふっつうに折りたたみのガラケ使わせてるから時代だなぁと思う……そのへんおもしろいからそのままにするつもりだけど

pkmn 編集

今月中あと何本かはUPしたいけど自分のえぬしゅ読んでると拙さと自己主張と特殊性がすごすぎて墓穴に入りたくなる。そして大幅に書き直し必要になるからよけいに牛歩

pkmn 編集

えぬしゅはたぶん今後もずっと純粋に好きでい続けられる2人なんだろうなぁ

pkmn 編集

改めてBW13周年おめでとう!!
病的にハマってた時期にお迎えした子猫を先日送り出したことで感慨深さもひとしおでございます。だいぶ立ち直れてきた

pkmn 編集

9/18 更新情報
■novel更新しました!
・N主♂ 2本

info 編集

2023年9月12日 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

2023年9月9日、愛猫が亡くなりました。
初めてお迎えした子。
初めて送り出した子。

以下、ちょっとだけ吐き出させてください。



乳がんでした。
聞いたときは耳を疑いました。だって男の子だよ??
お医者さん曰く、男の子でも5%くらいの発症率はあるそう。
診断を受けた2022年6月5日、まだ元気に歩き回る愛猫を前に家族みんな涙が止まりませんでした。
手術しても乳がんはリンパの関係で転移が早く、すぐ再発するだろうから手術は意味がないと言われたからです。

一方、一般的に言われる「ペットロス」というものを知らない私たちに、少しでも覚悟できる時間を愛猫がくれたようでもありました。

この1年と3か月。特に最後の1〜2か月は、愛猫と過ごす時間を大事にしようという気持ちが一人ひとりの行動に無意識に刷り込まれていたように思います。
猫は「死」というものを本質的に理解しているわけではないという説もあるそうなので、ほんと、私たち人間の勝手な解釈でしかないのですけど。


そんな中、私には2つの大きな後悔があります。
1つは、体の違和感に気付いた時点で病院に連れて行ってあげなかったこと。
実は、愛猫の脇の下辺りに異物(しこり)があることを、診断を受ける2〜3か月ほど前に抱っこしたときに気付いていたのです。爪を切るときでした。3匹いるうち1匹が長毛種で、時季的にすぐ毛玉ができてしまうので、きっとこの子のもそれだろう、とスルーしてしまった。もしスルーせず、「毛玉かな?」と家族に共有して調べていれば、今も弟猫たちが遊んでいるところを、キャットタワーの上から眠そうな目で眺めていたんじゃないかと思えてなりません。

もう1つは、最後の30分。
愛猫はもうご飯も普通に食べることができなくなっていました。でもがんばって食べようとするし、水も飲むし、お昼の準備をしようとした私の後を追って来た。お昼の準備が始まるとおいしいおやつがもらえることを、3匹のねこたちはみんな知っていたからです。
私はそこで「チュールの方が食べやすいだろうか」と一瞬考えました。考えて、まだ大丈夫だろうと、2匹と同じかりかりのおやつをあげました。
食べたのは約2g。水を飲み、トイレに行って、お気に入りの扇風機の脚でいつもみたいに横たわった。
容態が変わったのはそれから10分後。
お昼を終えて洗い物をしているとき、まるで嫌いな病院に連れて行ったときみたいな叫び声を上げ、喘ぎ出しました。唾液を撒き散らし、苦しそうにのたうち回り。大きく開けた口の中は紫色になっていて、明らかに様子がおかしかった。

最近、たまに朝や夜になると似たような状況になっていたけど、その比じゃない。
家族は全員出払っていて、このときは私一人だけ。「やばいかも」とすぐ電話して、何度も何度も名前を呼びながら「吐いて」と背中を擦り続けた。
人間みたいに検死をしたわけじゃないから分からないけど、愛猫は食べたかりかりが上がってきて、それが喉に詰まって窒息したんじゃないかと思います。ずっと何かを吐きたそうにしていたから。がんばって吐こうと口を開き、それでも唾液しか出せず、苦しそうに覚束ない足取りで、近くに置いてあったソフトケージへ。

もし、もし「チュールの方が食べやすいだろうか」と思ったあのとき、直感に従ってチュールをあげていたら、あんな苦しい思いをすることはなかったんじゃないか。もっと、あと数日は、もしかしたら。

私が、愛する子をころしてしまった。


状況的にいつそのときが来てもおかしくはなかった。それは間違いありません。でも一つひとつの私の判断の甘さが愛猫の命を無駄に削ってしまったのも事実。家族はそんなことないと言ってくれるけど、この罪の意識はきっと、いなくなってしまったことを受け入れられるようになってからもずっと、残り続けるだろうと思います。


愛猫を看取ることができたのは私一人。家族は、みんなで見送れなかったことを悲しんでいるようでしたが、私は私以上にその子のことを愛していた家族のことを思うと、最後の瞬間を目にすることがなかったのは逆に幸運であったと思います。それくらい最後は凄絶で、凄惨で。思い出の中のふてぶてしいかわいさや柔らかさ、堂々とした生き様を、あの十数分が一瞬で黒く塗り潰してしまった。本人からしても、あの時間は地獄であったと思います。あんな苦しく痛々しい姿を見るのは、私だけで十分。

愛猫は最後、何度かはねて動かなくなりました。
1回目のはねがたぶん、心臓が止まったとき。それから何回か、最後の血流が彼の身体を駆け巡り、ぴくんぴくんとはねさせたのでしょう。何度も名前を呼び、また動き出してくれないかと願いましたが、血に塗れた胸元が上下することは二度とありませんでした。

家族が帰ってきたのは、その1、2分後。
起きて、がんばって、と名前を呼ぶみんなを後ろから見ていて、私はごめんなさいの気持ちでいっぱいだった。もう手遅れだと、間に合わなかったと、誰より先に知ってしまっていたから。あの苦しみから開放されたのだと、心の何処かで安堵してしまっていたから。


愛猫――リオは、外出用のソフトケージを最後の場所に選びました。
それは彼が初めてうちに来たときに入っていた思い出のケージ。
11年前、ケージからおそるおそる出てきた小さな彼を家族全員で歓迎しました。

そのときと同じ場所、同じメンバーで彼を見送ることができたのは、虹の袂に行ってしまった彼の最期の取り計らいだったのかもしれません。


今も、私の心は愛猫と同じ9月9日で止まったまま。
でも世界は止まらない。そしてその世界にある私の身体もまた、時間を止めることはできない。
置き去りになった心が、愛猫を置いて進むことを拒んでいるようで、仕事をしていても、買い物をしていても、思考の隙間にするりと入り込んで涙を誘う。

うちにはあと2匹のにゃんこがいる。
その子たちのためにも、早く止まった時を動かさないと。close




独り言 編集

  • ハッシュタグの集計機能は無効に設定されています。

Powered by てがろぐ Ver 4.0.2.